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フランス音楽留学インタビュー

今回は、ピアノ、ソルフェージュなどの指導をなさっている川端先生にお話を伺いました。先生は、桐朋学園の作曲科を卒業後、生徒の指導にあたる傍ら演奏活動にも積極的に取り組まれてきましたが、大学を卒業して10年目にフランスへの留学を決意されたそうです。

今回は留学先でのさまざまな体験、またこれから留学希望されている方へのアドバイスなどをお聞きしました。(日常生活での体験談やおすすめ観光スポットなどはこちら

花の画像
HASCL
フランス留学のきっかけは?
川端

大学卒業後は、それまで自分が受けてきた教育を何となく踏襲しながら教えていて一定の成果を上げていましたが、いつもこれでいいのかなと漠然たる疑問や不安がありました。

生徒たちにとって音大に入ることが最終目的ではありません。あくまでも良い音楽家になることを目指しているのであり、その基礎となる科目はすべて良い演奏につながるものでなければ本当に意味あることとは言えないのではないか?と次第に感じるようになってきたのです。
また、感性が豊かで、知識の吸収の早い頭の柔軟な時期であればこそ、入試のためだけの単なる受験勉強ではなく、それを通して「音楽」を学ぶことが出来なければ専門の学校で多くの時間を費やす価値はないと思えてなりませんでした。

そんなある時、大学のゼミの同窓会でフランスの教材を目にする機会を得まして、考え方が大いに参考になり、進むべき方向を見つけた気がしました。
また同じ頃、パリ国立高等音楽院には教育学科もあってソルフェージュ教育法も学べることを知り、是非そこで勉強したいと思うようになっていきましたが、結局、私の留学時にはソルフェージュ教育科はなくなってしまったため、パリのすぐ隣の市のブローニュ国立音楽院へ行きました。

 
HASCL
そして、教育法を学び、国公立音楽院の高等科教授資格であるCertificat d'aptitude を取得されたということですね。
ソルフェージュ(フォルマシオン・ミュジカル)科の教授資格を取られたとのことですが、フランスと日本のソルフェージュ教育の違いはどんな点でしょうか?
川端
学校の前でまず挙げられるのは、フランスのソルフェージュ教育は、国のガイドラインとして教育内容が定まっているということです。日本の場合はそういった大きな方針がありませんし、個人の先生がどういうやり方をしているかというのは外から見えにくいので、方向性が定まっているというのは一定のレベルを保つためには良いことだと思います。

ただ、国が介入することが全面的に良いとは言えません。決められたものを詰め込まなければいけないとか、方針に疑問を持つことがあってもそれに沿っていかなければならないなどという問題もあります。そういった歪みが出てくると、国がガイドラインの変更・修正をすることになります。

ですので、具体的な音楽教育内容をお話する前にお断りしておきたいのですが、国が管理しているということは、ある期間ある教育方針や教育内容を実践してみて、修正や見直しがあった場合は、また一斉に教育内容が変わってしまうということなのです。あくまで私が留学していたのは7、8年前までのことですので、その当時と現在の教育内容は異なっているかもしれないということを前提にお読みいただければと思います。実際に、私が留学中は無かった聴音のみの補足クラスが後から出来ているのを、旅行で立ち寄った時に貼ってあったタイムテーブルで見ました。それと、フランス各地、隅々まで見たわけではありませんので、必ずしも私の体験が国内どこでも当てはまることかは分かりません。

それから、現在フランスではソルフェージュという科目は無くて、すべてフォルマシオン・ミュジカルとなっています。「フォルマシオン・ミュジカル」はよくソルフェージュのことだと捉えられがちですが、もっと総合的なものですので、敢えて言うなら、「音楽理論、音楽史、ソルフェージュを統合したもの」ということにもなるでしょうか。
最近では、この言葉もある程度日本で知られるようになり、この教科の説明として、バッハやシューマンなど、芸術作品から抜粋して聴音や視唱の教材として使う、というようなことが言われています。確かに実際そうで、そういう教本も沢山出ていますが、これだけでは本質が抜け落ちた説明といわざるを得ません。

   
HASCL
その「フォルマシオン・ミュジカル」とは具体的にどういった内容なのですか?
川端

まず忘れてはいけないのは、ソルフェージュの勉強の為に楽曲を用いるのではなく、楽曲の勉強をソルフェージュ的アプローチで行うということです。

日本では一般にソルフェージュというと、単に旋律や和音が書き取れて歌えるようになることで、 実際の楽曲を教材に使うにしても、 聴音、視奏や視唱などといった課題としてある楽曲の一部を抜粋して用いることが多いと思います。ですが、フランスの場合はその逆で、ある楽曲を読み解いていくために、その曲の背景となる音楽史のことや分析方法、音楽理論を用いるといった感じです。ですので、聴音や視奏や視唱だけでなく、それに加えて様々なスタイルや楽器の曲を知り、楽譜からだけではなく音からも分析を試みたり、聴音にしても、ディスクを使いいろいろな楽器の音を取る等、音楽というものを幅広くつかんでいく能力を養う方法で教育を行っています。

つまり、よい音楽家にとって必要なすべての音楽力を養うために、個々の科目につながりをもたせ、総合的に教育していくために考えられたものなのです。

   
HASCL なるほど、とかく理論と実践が分離しがちな日本の音楽教育において、この方法は参考になる教育法かもしれませんね。
川端 イメージ画像そうですね。フランスの教材では、ある曲が全曲載っていて、曲中のある部分では和音について問題や説明があったり、ある部分ではリズムや聴音の問題があったりといった風に構成されているといったものもあります。
また、私が学んだブローニュ音楽院では、こういった教本は使わず、各レヴェル別に、年間一つの作品のスコアを生徒に持たせてそれで授業をしていました。教師がそこから生徒に学ばせることを引き出し、教えていくのです。この方法なら、生徒が弾く曲をテキストにして勉強する事だってできます。そして、それはソルフェージュや楽典を学ぶのではなくて「曲を学ぶ」ということになります。私が習った教育法は、このような授業を実践するためのものです。
   
HASCL

フランスの音楽教育の内容において問題だと思ったことはありますか。

川端

一つは、授業時間数の割りに内容が多いことですね。年中ヴァカンスがあって、カリキュラムを消化しきれていないと感じられました。それと、ソルフェージュ専用課題が少ないことも気になりました。やはりピアノでも、スケールやツェルニーなどの練習曲が必要なように、基礎的な耳の訓練などには、教育的配慮のある課題も必要と思います。もう一つは、絶対音感を持たせるという教育をしていないことですね。絶対音感は無ければダメというものではありませんが、無いと無調の音楽に対応するのは難しいですよね。現代音楽に取り組むには、やはりあったほうがいいと言わざるをえませんから、幼少期にはそういう教育もしたほうが望ましいと思います。

 
HASCL
次に、音楽院の授業や学校の様子についてお話しいただけますでしょうか?
川端 フランスの場合、国公立音楽院の運営資金はほとんど国や市町村の税金でまかなわれていますので、学費はほとんど無料かそれに近い金額です。それは留学生でも同じで、私は更に国から住宅手当ももらっていました。その代わり、生徒としての義務「勉強して、できるようにならなければならない」というのはキッチリ果たさなければなりません。税金をつぎ込むからには、やる気のない人、一定の成績を上げない人はどんどん切られるというわけです。入学したらもれなく卒業できるというほど甘くはありません。ちなみに、国立高等音楽院以外の国立音楽院には子どももたくさんいますが、この条件は子どもでも同じです。 成績は良くても悪くても張り出されます。落第、退学も同様です。出来ない子がかわいそうだからというような考え方は存在しません。出来なければ仕方がない、やめてほかの事をしなさい、という感覚でしょうか。

こういった厳しさがありますから、自分を律することができない人は大変だと思います。「フランスに行ったら何かあるだろう」という考えでは得るものは少ないでしょうね。でも、きちんとした目的があればとても良い勉強ができると思いますよ。
それから、勉強の仕方でいえば、疑問点は積極的に先生に聞くとか勉強方法を自分から考えるとか、教えてもらうのを待つのではなく自分で考えて働きかけることがとても大切です。

   
HASCL 日本の音大とはだいぶ様子が違うようですね…。 音楽理論の授業などもあったのでしょうか?日本では音楽理論といえば=和声学といった印象を持ちますがフランスではどんな授業内容なのでしょうか?
川端 音楽理論の初歩は、先ほども言いましたようにフォルマシオン・ミュジカルでやります。音楽理論という名前のクラスはなく、 和声と対位法を一つにまとめたエクリチュールというクラスと楽曲分析の2つのクラスがありました。学校によっては、和声と対位法は別のクラスになっています。技法を習うというのは楽器のレッスンと同じようなものなので、基本的に個人レッスンですね。日本のように大勢でやるということはありません。 楽曲分析は実技が一定のレヴェルになると必修になります。
先ほどお話しましたたように、運営資金が税金でほとんどまかなわれていて「採算を取る」という必要がありませんので、こうした手厚い教育が出来るのでしょうね。
   
HASCL 一番大変だったこと、あるいは語学で苦労した点などありますか? 
川端 私の場合は日本で語学を勉強していた期間が割と長かったので、フランスに行った時点で日常会話にはそれほど困らなかったのですが、それでも講義内容をきちんと理解するのは大変でした。特に国家試験では、 実際に授業をやってそれを審査されるという試験があるのですが、日常会話と授業で話す言葉は違いますので準備がとても大変でした。

語学に関してはよく「行けばなんとなかる」といいますがそれは違いますね。「なんとか」をどこに置くかによって変わってきますが、きっちり勉強しよう、ちゃんと人と関わろうと思ったら言葉はとても重要です。日本での準備がおぼつかないと無駄になってしまう時間も多くなります。今はインターネットもあるので語学ができれば事前にいろいろな情報を得られますし、現地に渡ってからは身の安全にも繋がりますので、可能な限り日本でできることはやっておく方が良いと思います。

   
HASCL 帰国後の話に移りますが、留学して良かったことはなんでしょうか?
川端

全然違う価値観で生きている人たちに接して、世の中にはいろんな価値観があるということが分かりました。月並みですが、視野が広がったとすごく感じますね。
フランスにいた時期がなかったら今の自分はないでしょうね。

   
HASCL 帰国後の指導や意識で変わった点は?
川端 教育=文化という面もありますからフランスのものを全部持ってきてもうまく行くものではありませんが、フランスで得たものを取り入れて柔軟なスタイルのレッスンをしていくよう心がけています。ただし、日本の場合は音高、音大受験というものが迫ってくるとそちらの対策にシフトせざるを得ないという残念なところがあります。理想と現実との折り合いをどうつけていくかというのが難しいのですが、色々と試みてはいます。

それから、日本では音大を出てからも勉強を続けているという人は少ないようですが、これは残念なことですね。フランスの場合は国公立音楽院の先生になるとその後に研修の場があったり、音楽院を出た後もシステマティックに教育を受けられるシステムがあるのですが、日本にはそういった場がないので仕方ないのかもしれません。でも、仕事として音楽に関わっていくならば学び続けなければならないと思います。 社会人になってから勉強の機会を持つというのは大変ですが、積極的に場を探していって欲しいですね。 時代も変われば生徒も変わります。自分の経験しないケースが必ず出てくるのでその時に自分を磨き続けていない人は困るのではないでしょうか。

   
HASCL そうですね。音大卒業後も研鑽を積むという考えは日本ではあまり浸透していませんね。
それではこれからフランス留学を目指している人に一言お願いします。
川端 第一に目的をしっかり持つこと、そして語学をしっかり学んで行くこと。 そして現地では国民性の違いから起こるトラブルを、違いを違いとして理解しあまり思いつめず、上手に馴染んでいって下さい。 そしてもう一点大事なことは、楽器の演奏技術だけでなく、音楽分析や理論など、 幅広く勉強してみることです。 フランス留学はそういったことを学べるチャンスと思ってしっかり勉強して下さい。
   
  続いて、日常生活における体験談やおすすめ観光スポットなども伺いました。→こちら
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